NEC Orchestrating a brighter world
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歩行センシング技術で日本の健康寿命を支えたい──NECが挑むウェルネス領域の新規事業

大森 麗奈

グローバルイノベーションユニット
コーポレート事業開発部門
事業開発統括部
Lifestyle Supportグループ

大森 麗奈

織戸 英佑

グローバルイノベーションユニット
コーポレート事業開発部門
事業開発統括部
Lifestyle Supportグループ

織戸 英佑

※2022年11月公開。所属・役職名等は取材当時のものです。

日本電気株式会社(以下、NEC)の事業開発統括部で、歩行センシング・ウェルネスソリューションの開発に携わる織戸 英佑と大森 麗奈。2019年にはその技術を搭載したインソール「A-RROWG(アローグ)」をリリースし話題を呼びました。このプロジェクトをリードするふたりが新規事業に挑戦する楽しさややりがい、今後の展望を語ります。

日常の歩行の「質」を計測し、健康増進につなげるソリューション

「A-RROWG」のマーケティング領域をリードする大森

「A-RROWG」は、小型の歩行分析センサーを搭載した歩行センシングインソール。靴に入れて歩くだけで、歩行速度、歩幅、接地角度、足上げ高善するコンテンツを閲覧したりすることもできます。2019年に応援購入サービス「Makuake」でテスト販売を開始すると、2021年にはショッピングサイト「Makuake STORE」での提供をスタート。以降、プロダクトの機能改善・強化を続けています。

織戸「歩行は健康な人間が行う一番ベーシックな運動。それと同時に、歩き方が原因で身体に不調が起きたり、不調の予兆が歩き方に表れたり、健康と密接な関わりがあるのではないかとわれわれは考えています。日々の歩行やその変化から、自分の健康を阻害する原因をいち早く発見できれば、健康増進につながるはず。そのためのプロダクトとして、日常的に歩行を計測できるインソールを開発しました」

このプロジェクト全体をリードする織戸に対し、マーケティング領域をリードするのが大森。歩行に着目した背景には、現代の長寿社会があると言います。

大森「人生100年時代と言われるようになりましたが、社会保障費の増大は大きな社会問題。私たちは健康寿命を延ばすことに社会的意義があると考え、歩行に着目しました。

『A-RROWG』は当初、ビジネスパーソン向けに、美しい歩行姿勢から“オトコの品格”を上げるアイテムとして打ち出しましたが、実際の購入者は、歩行データから身体の状態を専門家とともに確認するツールとして使用するなど、健康関連ニーズが高いことがわかりました。『A-RROWG』を通して、歩行の質から健康の質を上げるという市場ニーズを切り拓きたいと思っています」

医学系研究やフィットネス、靴メーカーなどBtoBにも事業を拡大

NEC歩行センシングインソール「A-RROWG」のプロダクト・ビジュアル

NECの歩行センシング・ウェルネスソリューションは、コンシューマー向けである「A-RROWG」のほかにも、さまざまな業界に展開しています。

織戸「私は主に医学系・工学系の研究用途へアプローチしており、歩行が関連する研究において当社のセンシング技術がデファクトスタンダードとなることを目指しています。
また、接骨院やフィットネス業界とも協業を進めている段階です。たとえば、従来の接骨院では、施術後の患者さんの主観──『なんとなく楽になった気がする』『全然良くならない』などをもとに、その後の施術方針を決めるケースが多かったと思います。
でも、このソリューションで得られる客観的なデータを利用すれば、課題と結果を可視化したうえで、『今日はこういう施術をしましょう』と決められるようになります。利用者とサービス提供者の双方が納得して進められるビジネスオペレーションを設計していくのが、今後のわれわれのミッションです」

一方大森は、靴メーカーとのコラボレーションを進めています。

大森「歩行センサーを組み込んだスマートシューズの開発を検討しています。たとえば、店頭で試着したときはフィットした気がしたのに、購入後にあらためて履いて歩くと、痛かったり靴ずれしたりすることがありますよね。靴にNECのセンサーを入れれば、購入後も靴がフィットして正しい歩き方ができているかなどをチェックできるので、コンシューマーにとって靴の価値が上がります。
メーカー様にとっても、購入後に靴がどの程度履かれ、顧客がどのくらい満足しているのかを検証でき、LTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)を上げる施策を考えることができます。当面の目標は、靴メーカー、コンシューマー、NECの3者がWin-Win-Winになるようなサービスやビジネスモデルをつくり、世にリリースすることです」

そんなふたりは、それぞれに想いを持って事業開発統括部に異動してきました。

織戸「前部署では、カメラ型センサーを使って関節の可動域を計測し、スポーツをする子どもたちのケガを予防する事業開発をしていました。ところが、コロナ禍でスポーツチームでの実証実験が難しくなり、活動がストップしてしまったんです。そこで“センサーで計測して健康を支える”という共通点から、現在のチームに参画しました。
私は学生時代からずっと野球をやっていたのですが、肩や肘を壊したことがきっかけで“人間の身体の動き”というものに興味を持つようになりました。また、社会人になって少年野球のコーチをしていたとき、怪我でチームを辞めてしまった子がいて……。私は『その怪我なら痛くて続けられないのは当然だ』と思っていたのですが、周囲には『あの程度で辞めるなんて我慢が足りないんじゃないか』と言う人もいたんです。それがすごく悔しいし、その子に対して申し訳なくて。NECの技術で“痛み”を数値化できれば、そうした齟齬をなくせるのでは……と考えたのが、ウェルネス領域に挑む理由です」

大森「私はデジタルマーケティングを推進するポジションとして、NECに中途入社しました。入社後は社内の各部署から『うちもデジマをやってみたい』という相談をたくさん受けました。自身で施策に取り組むこともありましたが、メインはアドバイザーのような立場での活動でした。より、自身が事業の当事者として仕事をしていきたいと考えるようになり、今の部署の社内公募を見つけたんです。ちょうど『A-RROWG』のテストマーケティングが始まったころで、明確な目的と新しい市場に向かうベンチャーのような雰囲気に惹かれてアプライしました」

ユーザー目線・現場目線で改良を重ね、使う人に寄り添ったプロダクトを目指す

「A-RROWG」プロジェクト全体をリードする織戸

それぞれに熱い想いを持ってプロジェクトに参画した織戸と大森。とはいえ、スタートしたばかりのころは苦労も多かったと振り返ります。

織戸「『A-RROWG』の場合は、テストマーケティング以降の製品改良には苦労しました。まず、ご購入後に改善要求をお寄せいただいた方々に、直接お会いして細かくヒアリングを実施。使用環境やご要望をお聞きした上で改良版をつくり、その方々に納得いただくまで試作を繰り返したんです。NECでも前例のない手法でしたが、この工程を経たからこそブラッシュアップでき、改良版をリリースできました。
また、研究向けの製品改良も試行錯誤の連続でした。われわれの提案は日常的な歩行データの計測でしたが、病院側にはリハビリ中の方のデータを計測したいというニーズがあって。そこで、プロダクトチームと連携して病院の要望に沿ったソリューションをつくり直しました。リハビリ現場に立ち合って患者さんのデータを計測することから始めるなど、病院と一丸となってひとつのソリューションの形を作ることができました」

一方、大森は、靴メーカーにIoTの価値を伝えることに苦労したと話します。

大森「メーカー様がこれまで情熱を注いできたのは、靴そのものの品質向上。ITとは無縁だった、ということも多いです。その方々に、センサーとアプリを使ったIoTサービスの新たな価値を想像してもらうのは簡単ではないことです。心掛けているのは、IT業界の専門用語を使わず、絵や図を使いながらわかりやすく説明し、共通認識を持つこと。
また、このソリューションがエンドユーザーの役に立つこと、メーカー様の価値向上につながることも伝えるようにしています。商談は少しずつ前進中。信頼関係をつくり、『一緒にやっていきましょう』と思ってもらえるようにしたいですね」

そして、苦労の中にも譲れないこだわりがあるという織戸。

織戸「研究向け製品でこだわっているのは、多忙な医師や研究者が使いやすい仕組みにすること。われわれが重視する性能や精度よりも、現場では使いやすさが求められているケースが少なくありません。医師や研究者が達成したいことから逆引きし、最低限必要な機能と仕組みを見極めるようにしています」

大森もまたこの点に同意します。

大森「私も、製品ありきのプロダクトアウトにならないように心掛けています。ユーザーに向けて『あなたの生活がこう良くなりますよ』と噛み砕いて説明したり、ユーザーの声の裏にある本音や本質を想像したり、使う人に寄り添ったソリューションを目指しています」

そんなチームに、先日、朗報が飛び込んできました。

織戸「われわれのセンサーで測定した歩行データをもとに執筆された論文が、第37回日本整形外科学会基礎学術集会講演で優秀賞を受賞したんです。院外での歩行を計測する点が今までになかったと評価されました。また別の研究者の方からは『今後の医療を変えていく可能性を秘めている』というコメントをいただいています。こうした反応の一つひとつが、事業を進める上での大きな原動力になりますね」

NECの技術力と社会課題のマッチング──そこに事業開発の難しさとおもしろさがある

今後は歩行センシングの技術を、より幅広い世代に向けたソリューションにしていきたいと語るふたり。

織戸「シニアの健康と並行し、私は子どもたちが怪我などでスポーツをあきらめない世界を実現したいという想いがあります。たとえば、プロのトレーナーは歩き方を見れば『あの子は足にマメができているかも』『筋肉に張りがありそうだ』とわかると言いますが、ひとりで何十人もの子どもをチェックするのは難しいですよね。そこでテクノロジーを活用して早期発見できれば、怪我予防やパフォーマンスの向上につなげられると考えています」

大森「年齢を重ねるほど、歩くことの重要性や価値に気づくと思うのですが、私は若い人にこそ歩き方を意識するとたくさんのメリットがあることを伝えていきたいと思っています。『A-RROWG』の企画当初のコンセプトが『正しい歩き方をすることで品格が上がる』というものだったように、姿勢や印象が良くなるのもメリットのひとつ。歩き方を変えるだけでこんなに良いことがある、と啓蒙していくことも必要ですね」

さらに、織戸にはこのテクノロジーを通して新しい文化をつくりたいという夢も。

織戸「髪の毛を毎日洗う文化を広めたのはシャンプーメーカーだと言われていますが、われわれも、歩行姿勢をデータ化するのが当たり前の世の中をつくりたいんです。たとえば、この数値を意識するとケガ予防になる、この数値を上げると美容効果につながるといったフィルターをつくれば、歩行データを取る価値をもっと高められるのではないかと考えています」

NECで新しい事業に取り組んできたふたり。この会社で事業開発に携わる魅力を次のように話します。

織戸「今回のソリューションも含め、自社の研究所のメンバーと密に連携しながら、高い技術力をベースとした事業開発ができるところが大きな魅力ですね。ただ一方で、技術だけに偏るとプロダクトアウト的な事業になってしまうので、市場のニーズといかにマッチングさせるかが、事業開発を担うわれわれビジネスデザイン職の腕の見せ所。そこにこの仕事の難しさとおもしろさが詰まっていると思いますね」

大森「大きな財務基盤をベースに、安心して新しいことに挑戦できるのも魅力です。また、プレスリリースを出すとすぐに『協業したい』といった反響が多いのも、知名度があるNECならではないでしょうか」

そうした企業特性を活かし、NECでは新規事業への取り組みが加速していると話す織戸。

織戸「同じ部門において、AgriTech領域ではAIを活用した営農支援サービスを行っていますが、2022年カゴメさんと合弁会社を設立するなど事業を国内外へと広めています。またAI技術を活用した創薬事業にも2019年から本格参入しています。
その際には、約款も変更したのです。以前のNECであれば『薬をつくるのは製薬会社』という考えだったかもしれませんが、『ここは自分たちがやるべきだ』と、覚悟を決めて実行するというところに会社の本気度を感じました。夢のある挑戦にはバックアップを惜しまない、というカルチャーが醸成されてきた事例だと思います」

世界に誇る技術力と大企業の安定感、そして新たなチャレンジを応援する企業風土──それらに後押しされながら、織戸と大森は事業開発に挑み続けます。

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